本研究に取り組む意義
近年気候変動が進み、日本各地で台風や豪雨などの気象災害が多発しています。災害は人的被害やインフラの破壊など多大な影響を我々に与えます。このような状況を背景として、災害による被害の低減を目的とした気象制御研究が進められています。
気象制御においては、望ましい未来に導く適切な介入を求める必要があります。適切な介入は気象介入最適化によって求まります。気象介入最適化とは、降水量の最小化などの制御目標を達成するために、介入の位置・強度といったパラメータを最適化することを指します。ここで、厳密な最適化は気象現象が大規模かつ複雑であることから現実的に不可能であり、近似解法や発見的解法,逐次的・局所的な最適化といった手法の活用が求められます。
現在(2025年3月)我々はブラックボックス最適化手法に着目し、本手法を気象介入最適化問題に適用する研究を行っています。ブラックボックス最適化手法とは、評価関数や制約条件が明示的に与えられず、関数の入力と出力のみが利用可能な場合に、評価関数の値を最大・最小にする入力値の最適解を探索するための手法です。本手法は目的関数の勾配情報を必要とせず、限られた関数評価回数でも高い探索性能が期待できる特徴を持ちます。そのため、気象介入最適化において有用であると考えられます。
具体的な研究内容
SCALE (Scalable Computing for Advanced Library and Environment)というソフトウェア・ライブラリを基にしたSCALE-RM(SCALE-Regional Model)という数値モデルを用いて、ブラックボックス最適化手法によって求められた介入の効果をシミュレーション実験によって評価しています。SCALEのUSERS GUIDE(https://scale.riken.jp/archives/scale_users_guide.v5.5.4.pdf)や先輩のコードを参考にして、ベイズ最適化や粒子群最適化などのブラックボックス最適化手法を実装し、各手法による制御効果(総雨量の削減度)を計算します。
次に、これまでの研究で取り扱ってきた実験設定について紹介します。
Warm Bubble Experiment
Warm bubble experimentは理想化された条件下での積雲対流過程を再現する実験設定です。初期時刻に暖かい空気が計算領域の中心下部に配置されます。この暖気が引き金となり上昇気流が発生し、時間経過に伴って降水が発生します。計算領域(面積10km^2, 高さ20km)はx方向に1, y方向に40, z方向に97層に分割され、離散化された各空間(グリッドセル)における様々な大気状態変数を細かい時間刻みで計算することで気象現象をシミュレートします。
下の動画は、介入を行わない場合における降水の強さ[mm/h]の時間変化を示しています。
下の図は1時間の累積降水量を示しています。
この実験設定を用いて介入効果を評価します。介入は大気の運動量や温位といった大気状態変数の値を変更することで表現します。ここでは、初期時刻(Time: 0 min)の大気の運動量に介入して、1時間にわたる降水量を削減する制御問題を考えます。ここでは、介入の位置・強度を計3変数で決定します。この3変数を上の棒グラフの総面積(=計算領域全体の1時間累積降水量)を最小化するように、ブラックボックス最適化手法によって最適化します。
この実験設定の下では、粒子群最適化を用いて、計算領域における1時間降水量を最大43.6%削減できました。
現実大気実験
現実大気実験は実際の大気状態や地表条件に基づいて数値シミュレーションを行い,現実の気象現象を再現・予測することを目的とした実験設定です。実験の初期時刻を適切に設定することで、台風などの災害に直結する気象現象を再現することができます。
下の動画は、介入を行わない場合における降水の強さ[mm/h]の時間変化を示しています。東北地方や関東沖において強い雨が見られます。今回は東北地方の豪雨の軽減を目的として、初期時刻の大気の運動量に介入して、上のスライドの右図の赤枠で囲った範囲の6時間累積降水量を削減する制御問題を考えます。ここでは、介入の位置・強度を計4変数で決定します。この4変数をブラックボックス最適化手法によって最適化します。
この実験設定の下では、ベイズ最適化または粒子群最適化を用いて、豪雨地域における6時間降水量を最大4.1%削減できました。
制御理論
気象制御に取り組むにあたって、モノとコトを思い通りに操るための理論である制御理論は必要不可欠です。しかしながらこれまでの制御理論では気象のような大規模現象は取り扱われていません。そこで、人工知能技術に加えてアンサンブル予測等のデータ技術を活用し、既存の制御理論の枠を超えた気象制御手法の開発に取り組んでいます。現在(2025年3月)はモデル予測制御に着目し、研究を進めています。
最後に
本研究は、ムーンショット事業における目標8において、「海上豪雨生成で実現する集中豪雨被害から解放される未来」という研究開発プロジェクトにおける、研究開発課題の一つとして取り組んでいます。プロジェクトの詳細については、こちらもご確認下さい (https://beyond-predictions.com/moonshot/ms_item01/)。