この研究では,システムの状態や信号が決して負の値を取らないという性質をもつ「非負システム(Positive Systems)」を対象に,その安定性解析と制御・最適化手法を研究してきました.人口数,感染者数,確率,通信トラフィック,資源量など,多くの社会的・工学的システムでは,値が負になることは物理的に意味を持ちません.本研究では,こうした制約を単なる付加条件として扱うのではなく,システムの本質的な構造として正面から捉えています.
なぜ「非負」であることが重要なのか
通常の制御理論では,状態や入力が正か負かをあまり区別せずに議論することが多くあります.しかし非負システムでは,
- 負の値を許す制御は物理的に実現できない
- 非負制約により使える数学的道具が大きく変わる安定性や性能の評価方法が一般の線形システムと異なる
といった特徴があります.
例えば,感染症モデルでは感染者数が負になることはなく,通信ネットワークではパケット数や通信量も非負です.
このような問題に対して,通常の制御理論をそのまま適用すると,理論的には成立しても現実と整合しない結果を与えることがあります.
そこで本研究では,「非負であること」を前提としたシステム理論を構築することを目指しました.
非負システムの数理的な特徴
非負システムでは,システムを表す行列が非負行列になるという特徴があります.このとき,安定性や応答特性は,固有値やスペクトル半径と強く結びつきます.
本研究では,
- 非負線形システムの安定性条件
- スイッチングや確率的切り替えを伴う非負システム
- 非負制約下での最適制御設計
といった問題を扱ってきました.
特に重要なのは,非負システムでは多くの場合,問題が凸最適化として定式化できる点です.これにより,計算可能性が高く,大規模ネットワークに対しても理論と計算を両立した解析が可能になります.この性質は,後の感染症ネットワーク研究や群制御研究にも直接つながっています.
幾何計画法と最適化による設計
本研究では,非負システムの設計問題を幾何計画法や凸最適化として定式化する手法を発展させてきました.これにより,
- 安定性を保証しながら性能を最適化する
- 制御器設計を数値計算として解く
- 設計条件を明確な数式として与える
ことが可能になります.
このアプローチは,非負システムを「扱いにくい制約付きシステム」ではなく,「構造を活かして解けるシステム」として捉え直すものです.情報科学的には,線形代数,最適化理論,アルゴリズム設計が密接に結びついた研究領域です.
この研究の位置づけと広がり
非負システムの研究は,感染症ネットワーク,確率システム,資源配分問題など,多くの応用研究の理論的基盤になっています.Epidemics 研究における感染者数の非負性や,ネットワーク制御におけるトラフィック量の制約は,すべてこの枠組みの上にあります.
現在の群制御や複雑システム研究においても,「状態が物理的に許される範囲を超えないように制御する」という考え方は重要であり,非負システム研究で培った視点が活かされています.
この研究は,研究室における数理的に厳密で,かつ現実と整合した制御理論の基礎を形作ったテーマの一つです.
代表的な論文
Optimal design of switched networks of positive linear systems via geometric programming
M. Ogura and V. M. Preciado
IEEE Transactions on Control of Network Systems,2017.
http://dx.doi.org/10.1109/TCNS.2015.2489339
非負線形システムからなるネットワークに対し,幾何計画法を用いて安定性と性能を同時に満たす設計手法を示した論文です.非負性と最適化を結びつけた基礎的研究です.
Geometric programming for optimal positive linear systems
M. Ogura,M. Kishida,and J. Lam
IEEE Transactions on Automatic Control,2020.
https://doi.org/10.1109/TAC.2019.2960697
非負線形システムの制御設計問題を体系的に幾何計画法として整理した論文です.非負システムにおける最適制御設計の標準的枠組みを与えています.
Log-log convexity of an optimal control problem for positive linear systems
B. Zhu,J. Lam,and M. Ogura
Automatica,2022.
https://doi.org/10.1016/j.automatica.2022.110553
非負システムの最適制御問題が持つ凸性構造を理論的に解析した論文です.なぜ非負システムでは効率的な最適化が可能なのかを,数理的に明らかにしています.
