多くの実システムでは,ダイナミクスが一つに固定されているとは限りません.通信環境や外部条件,運用モードの変化などにより,システムの振る舞いが時間とともに切り替わることは自然です.このような系は,切り替えシステムとしてモデル化されます.
切り替えシステムの難しさは,各モードが個別には安定であっても,切り替え方によっては全体として不安定になり得る点にあります.そのため,単一のシステムに対する安定性理論をそのまま適用することはできません.
切り替え信号を含めた数理モデル
本研究では,切り替えを単なる不確かさとして扱うのではなく,切り替え信号そのものを数理モデルの一部として明示的に取り込むことを重視しています.モード遷移や滞在時間を確率過程として記述することで,切り替えに内在する構造を反映した解析を行います.
この枠組みにより,「どのような切り替えが起こるか」を仮定として曖昧に置くのではなく,解析対象として正面から扱うことが可能になります.
平均安定性という安定性概念
確率的な切り替えを伴う場合,すべての切り替え列に対して一様な安定性を要求することは現実的ではありません.そこで本研究では,平均的な意味での安定性(mean stability)に着目します.
平均安定性は,長時間挙動において状態の大きさが平均的にどのように振る舞うかを評価する概念です.切り替えの統計的性質とシステムの行列構造を結び付けて議論できる点に特徴があります.
行列積の成長率としての安定性評価
切り替えシステムの時間発展は,切り替えに応じた行列の積として表されます.そのため,安定性の本質は,これらの行列積が長期的にどの程度成長するかに帰着します.本研究では
- スペクトル半径
- joint spectral radius
- 確率分布を伴う行列積の成長率を表す指標(p-radius など)
を用いて,切り替えシステムの安定性を定量的かつ判定可能な形で特徴づけます.
研究の位置づけ
切り替え構造を持つ力学系は,通信,ネットワーク,制御,社会システムなど,多くの分野に現れます.本研究は,特定の応用に依存せず,切り替えシステムの安定性をどのように理解し,どのように評価するかという基礎的な数理理論の構築を目的としています.
代表的な論文
Generalized joint spectral radius and stability of switching systems
M. Ogura and C. F. Martin
Linear Algebra and its Applications, 2013.
https://doi.org/10.1016/j.laa.2013.06.028
切り替えシステムの安定性を,行列積の成長率を表す一般化 joint spectral radius を用いて解析した論文です.切り替え構造とスペクトル量との関係を理論的に整理しています.
Stability analysis of positive semi-Markovian jump linear systems with state resets
M. Ogura and C. F. Martin
SIAM Journal on Control and Optimization, 2014.
https://doi.org/10.1137/130925177
Semi-Markov 型の切り替えをもつ連続時間線形システムに対し,平均安定性条件を導出した論文です.切り替えの滞在時間分布が安定性に与える影響を明示的に扱っています.
Stability analysis of linear systems subject to regenerative switchings
M. Ogura and C. F. Martin
Systems & Control Letters, 2015.
https://doi.org/10.1016/j.sysconle.2014.10.009
切り替え信号を再生型確率過程としてモデル化し,線形システムの平均安定性を解析した論文です.確率的切り替え構造をもつシステムへの適用を想定しています.
